阪急ブレーブスと私
能勢電気軌道株式会社として1908年に設立され、能勢妙見の参詣路線として1923年に妙見線が全通したのです。しかし、参詣客だけでは苦しく、戦前の一時期は管財人の元で管理されたこともあったのです。
管財人の元を離れても沿線開発はあまり進まず、運賃収入の約半分が当時沿線で製造されていた三ツ矢サイダーなどの貨物輸送であったのです。1960年代頃から沿線開発が進み、複線化などの線路改良や日生線の開通により通勤鉄道へと変貌したのです。
1970年代には西武グループによる多田グリーンハイツの開発が進められ、能勢電軌株の買占めも明るみに出たことから西武への買収話が持ち上がったのです。
また、経営不振だった南海電気鉄道にも同様の噂が流れ、関西の私鉄再編かと言われたが、阪急が能勢電軌株を買い戻したことから事態は収拾のです。
以後、能勢電軌は阪急グループ(現・阪急阪神東宝グループ)に入るのです。1978年には社名を能勢電鉄株式会社に改めたのです。
しかし、1990年代以降は旅客輸送量が伸び悩み、2003年には不動産事業から撤退するとともに、阪急電鉄の支援を受けて同社の路線の一部という位置付けで運営の一体化が図られることになったのです。
そのためコスト削減の一環として車体の色も「フルーツ牛乳」と呼ばれていたそれまでのオリジナル塗色から阪急と同じマルーン色(茶色)へ塗り替えられたのです。なお、2008年に創業100周年を記念してオリジナル塗色が復活した(車両章にて後述)のです。
同じ阪急阪神東宝グループに属する鉄道会社として北大阪急行電鉄(北急)があるが、背後に千里ニュータウンなどを抱え関西でも屈指の高採算路線である同社に比べて、能勢電鉄は採算性の厳しい路線が多いのです。
その辺りの事情も親会社との距離感(車両の種類など)に表れているのです。
阪急ブレーブスと私日本シリーズ喜怒哀楽物語 著者:雑喉謙出版社:文芸社サイズ:単行本ページ数:186p発行年月:2005年08月この著者の新着メールを登録するこの商品の関連ジャンルです。 ・本> ホビー・スポーツ・美術> スポーツ> 野球
さらに詳しい情報はコチラ≫
SponsoredLink