阪急550
阪急550
当初500形の増備車として15両が製造されて奇数偶数番号で2両編成を組み、余る1両(564)はやはり奇数両しか製造されなかったためにペアを組む相手を持っていなかった500形の530と編成を組んでいたが、運用上の都合から1951年に565が追加で製造され、550形のみで編成を組むように改められたのです。
更に、1956年の1200系製造に関連した各車間の玉突きによる主要機器捻出時には偶数車が住友金属工業製で鋳鋼側枠を備えるイコライザー台車であるKS-33L(H-5)、奇数車がボールドウィン社製形鋼組み立て式イコライザー台車であるBW78-25AAに交換されている他、562・564については制御器をMPC-120Hに改造されているのです。
その後も、車内外の様々な箇所を手直しされながら、主に宝塚線や箕面線で使用され、特に宝塚線では最大6両編成での運用も実施されたのです。また、一部は伊丹線や甲陽線でも使用されたのです。
最終的には神宝線系統の架線電圧昇圧に際して昇圧対応工事の対象から外され、戦後すぐの混乱期の製造で車体の疲弊が著しかったことなどから他社への譲渡対象からも外されたため、1969年8月までに全車廃車されたのです。
窓配置は500形に準じたd1(1)D6D(1)2(d:乗務員扉、D:客用扉、(1):戸袋窓)の15m級片運転台車であるが、側面窓はそれまでの伝統であった一段下降窓ではなく、完全上昇式の二段上昇窓となった[2]ほか、運転台も片隅運転台となるなど、従来とはかなり毛色の異なる外観の車両となったのです。
これに対し、資材不足が解消された1951年に増備された565は規格型設計に準拠する必要が無くなったことから、同一窓配置・同一車体寸法ながら側窓が伝統の1段下降式に変更され、窓寸法も変更されて阪急スタイルに回帰したのです。
車体は小型であるが、寸法的には500形よりもわずかに大きいのです。なお、製造を担当したナニワ工機は京阪神急行電鉄(現・阪急電鉄)が自社車両の製造を主目的に創設した子会社であり、本形式は同社の製造第一号車両であるのです。
阪急550車輛アルバム 著者:レイルロード出版社:レイルロード/文苑堂サイズ:単行本ページ数:84p発行年月:1992年02月この著者の新着メールを登録するこの商品の関連ジャンルです。 ・本> ビジネス・経済・就職> 産業> その他
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