阪急電鉄神戸線
阪急電鉄神戸線
2004年10月の近畿地方交通審議会答申第8号で、「既存施設の改良に関し検討すべき主な事業」のうち、「乗り継ぎ利便性の向上に資する事業」として、三宮駅付近で神戸市営地下鉄西神・山手線との相互直通運転が盛り込まれた[1]のです。
2015年頃を目途に、春日野道駅以西を地下化、直通が実現した場合は、神戸高速鉄道との相互直通運転は廃止となる可能性もあるのです。もっとも、現時点では神戸市側が難色を示しているという報道もある[2]のです。
また、近畿地方交通審議会答申第8号では、阪急・大阪市の提案により、大阪市営地下鉄四つ橋線・西梅田〜北梅田(仮称)〜十三間2.9kmの延伸が「中長期的に望まれる鉄道ネットワークを構成する新たな路線」として盛り込まれ、2004年8月には「2015年頃を目途に、四つ橋線を十三駅まで延伸し、阪急神戸本線との相互直通運転を行う」との報道もなされたのです。ただし、答申自体は阪急との乗り入れに触れられておらず、現実には集電方式の違いや、西梅田駅とほぼ同深度にある阪神本線のトンネルが延伸の支障になるなどの問題があったことから、報道内容や実現性などが疑問視されていたのです。
これに関連して、2006年12月に四つ橋線の十三駅までの延伸構想に関する報道がなされており、また阪急新大阪連絡線の整備構想もあわせて報道されたことから、阪急神戸本線と四つ橋線の相互乗り入れに関する内容は収束の傾向にあるのです。
阪急電鉄神戸線京阪神急行電鉄のころ戦後混乱期の鉄道 著者:浦原利穂出版社:トンボ出版サイズ:単行本ページ数:71p発行年月:2003年01月この著者の新着メールを登録する【目次】(「BOOK」データベースより)阪急沿線営業路線図/阪急電鉄の歴史概略/戦後の沿線風景(三宮駅周辺/六甲から岡本へ ほか)/神戸線に活躍した車両たち/今津線に活躍した車両たち/初の全鋼製900形/2両固定編成の920系/事業用電車【著者情報】(「BOOK」データベースより)浦原利穂(ウラハラトシホ)1927(昭和2)年1月21日広島県呉市に生まれる。1930(昭和5)年父の転勤で神戸市灘区へ移転。1945(昭和20)年米軍の爆撃で自宅全焼。1946(昭和21)年阪神尼崎車庫構内で戦後初めて撮影を再開。1965(昭和40)年HO模型の制作収集に没頭する。1978(昭和53)年12月31日留萌本線増毛駅にてJNR営業路線全線乗車達成。総乗車合計20,847.8キロ(既廃止線34.9キロ含む)(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)この商品の関連ジャンルです。 ・本> ホビー・スポーツ・美術> 鉄道
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